怒の感情

今日ある学生たちが、研究室のとある問題に関して話し合っていた。
始めは聞く気がなかったのだが、途中から気になってしまって、作業が手につかず完全に盗み聞き。
もしかしたらバレていたかもしれない。やり取りに対してヤキモキ(喜怒哀楽でいえば”怒”の感情か)
してしまって何度口を挟もうかと思ったが、思いとどまった。
結局は彼らなりに、一生懸命問題の根幹を探り、何を今しなければいけないかを考え、行動に移し始めてくれた。
なんか、すごくうれしかった。


一連の流れを見ていて、思った。
「なぜ問題なのかを真剣に考えれば、実は人間は怒の感情は失せるのではないか」
「怒の感情で、勝手に自分を正当化して、問題から逃げているのではないか」と。
書いてみると、至極当然のことだが、実際にその場面に出くわすと、なかなかそういう冷静な態度が取れない。


こうは書いておきながら、自分もそんなに懐の広い人間ではないので、ついついイラッとしてしまうことは多い。
自分も人のこととやかく言う前に、まずは自分だなと反省した。